みなさん、こんばんは!、、、というかおはようございますの時間ですかね。
夜勤明けの、そろそろ休憩が終わるタイミングでこれを書いています。
僕の職場は、実はかなり環境に恵まれています。
休憩(仮眠)が22時〜翌5時まで取れる。これ、介護職の人からしたら「羨ましすぎる」と思われるはずです。
でも、最近はそうもいきません。
利用者の夜間覚醒が激しくて、夜中に起こされるのが当たり前。今日も、1時から寝ようとベッドに入ったのに、2時にはリビングから「んーんー」という大きな声が。
いつもなら、「あー、眠い……」と、つい雑な対応になってしまう瞬間です。
でも、今日は違いました。
なぜか、自然に優しくなれた
「前の記事に偉そうなこと書いたし、ちょっと機嫌よく接してみようかな」
そんな風に、素直に思えたんです。
理由はたぶん、**「心の余裕」**があったから。
今は春休み。いつもなら日・月の連チャン夜勤ですが、今回は今日(月〜火)の夜勤を休みにしています。「明日は夕方まで寝てられる」という無敵感。
この「休みがある」という余裕だけで、夜中の2時に起こされるストレスが、すっと消えていきました。
「1人週4回夜勤」という、綱渡りの現場
でも、僕が今日優しくなれたのは、たまたま休みを取っていたから。
一歩外を見れば、現場はかなりの人手不足です。
一番ヤバいのは、一人が週に3回も4回も夜勤に入っていること。
正直、夜勤の単価はいいから「入りたい」って気持ちもわかる。でも、そんな生活を続けていたら、心の余裕なんてあっという間に無くなります。
誰か一人が体調を崩したら、その穴を埋めるためにさらに誰かの余裕が削られる。
今の介護現場は、そんな「ギリギリの補填」で回っている、危ないジェンガみたいなものです。
結局、優しさは「コンディション」でしかない
今日、僕が優しくできたのは、僕の性格が良かったからじゃない。
たまたま明日が休みで、たまたまブログで感情を整理できていたから。 ただのコンディションの問題です。
でも、本当は「たまたま」じゃいけないはず。
週4回夜勤に入るのが当たり前になって、誰もが余裕を失ったとき、どんなに優しい人だって「んーんー」という声に耐えられなくなる日が来ます。
「個人の努力」で優しくするのには、限界がある。
この「余裕」をどうやって仕組みで守っていくか。それができない限り、根本的な解決はないんだと、夜明け前のフロアで痛感しています。
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