【本音】「僕らが虐待をしないのは、理性で抑えているだけ」という言葉に納得した話

正直に言います。今の僕はブログを書いている暇なんて、1ミリもありません。

大学の課題、夜勤の仕事、DXリーダーとしての準備。やるべきことは山積みです。

でも、今この瞬間に感じている熱量を言葉にしておかないと、一生後悔する気がする。そんな抑えきれない衝動で、スマホを叩いています。

先日、2法人合同の「虐待防止研修」がありました。

講師は、あの津久井やまゆり園事件を発生当時から追い続けているNHKの記者の方。事件の凄惨な背景や、当時の現場の空気感について、貴重なお話を聞くことができました。

その後のグループワークで、あるスタッフの方がポロッと言った言葉が、今も頭から離れません。

「僕たちが虐待をしていないのは、ただ『理性』で抑えられているだけではないか」

この言葉を聞いた瞬間、僕は震えるほど納得してしまいました。

「利用者さんを支えたい」という志はもちろんあります。でも、最後の一線で自分を踏みとどまらせているのは、綺麗な理由だけではなく、かろうじて保たれている「理性」なんだ、と。

実は、この記事を書くきっかけになったのは、昨夜の夜勤での出来事でした。

仮眠中、あと2時間は寝れるはずだった時間に、言葉を話せない利用者さんの「んーんー」という大きな声出しで起こされました。

眠くて、イライラして、「あと少しでいいから寝かせてくれ」と思ってしまった。僕は自分でも引くくらいの強い口調で、「部屋に戻って!」と声をかけてしまいました。

少し後ろめたさはあったけれど、それでもイライラは消えませんでした。

そのとき、研修のあの言葉がフラッシュバックしたんです。

「僕が今、この人を傷つけたりしていないのは、僕が素晴らしい人間だからじゃない。ただ『理性』というブレーキが、ギリギリで効いているだけなんだ」

自分の中にある「怖さ」を、はっきりと実感した瞬間でした。

人間って、本当に怖いです。

どんなに志があっても、睡眠不足や疲労の前では、理性なんて簡単にボロボロになります。

だからこそ、僕は「DX」や「AI」の力を借りたい。

「もっと優しく接しよう」なんて精神論だけでは、もう限界なんです。

テクノロジーで無駄な業務を減らして、少しでも寝る時間を作る。心に「余裕」を作る。

そうやって、僕たちの理性のブレーキが壊れてしまう前に、周りの仕組みで僕たちを守るしかないんです。

最後になりますが、もし今、利用者さんに強く当たってしまって自分を責めている人がいたら、伝えたいです。

「あなたは冷たい人間じゃない。ただ、理性のブレーキが悲鳴を上げているだけだ」と。

僕ら21歳の世代から、根性論に頼らない、もっと「人間に優しい仕組み」を一緒に作っていきませんか?

よし、仕事に戻ります!!

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